大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和34年(う)1088号 判決

控訴人 被告人 平井正夫 外四名

検察官 道前忠雄

主文

原判決を破棄する。

被告人らを免訴する。

理由

本件控訴の趣意は被告人平井正夫の弁護人三木今二、被告人波多野周造の弁護人橋本清一郎、被告人真継哲郎の弁護人前堀政幸、加藤正郎、被告人高田国政の弁護人前堀政幸、甘糟勇雄、被告人柿谷[月希]之郎の弁護人奥田忠策、前堀政幸の提出にかかる各控訴趣意書記載のとおりであるからこれらを引用する。

控訴趣意第一点(免訴の主張について)

所論は要するに経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律(以下単に本法と略称する)第二条の規定の内容をなす別表乙号二九の公益事業令は昭和二七年一〇月二四日限り失効したので、同令による許可を受けて電気事業を営んでいた者の役職員は同日以後犯罪の構成要件たる身分を喪失し、乙号二九は実質的に削除されたものと解すべきであるから、刑の廃止があつたものとして免訴すべきものであるというのである。

よつて検討を加えると公益事業令はボツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件(昭和二〇年勅令第五四二号)に基き、昭和二五年一一月二四日政令第三四三号として制定公布されたものであるが、平和条約の発効後ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律(昭和二七年四月一一日法律八一号)第二項によりその法律施行の日である同月二八日から起算して一八〇日間法律としての効力を有するに至り、これをそのまま法律として効力を持続せしめようとする法案が、国会に提出されたところ、同法案は衆議院の解散により法律として成立を見るに至らず、一八〇日目にあたる同年一〇月二四日の経過と共にその効力を失つたものである。しかしながら、その後同年一二月二七日に至り、暫定的措置として法律第三四一号電気ガスに関する臨時措置に関する法律(同法附則第九項により、乙号二九の公益事業令は失効した旧公益事業令と読み替えられた)が制定され、公益事業令と同一の規定が法律として同日から施行を見るに至つたものである。

ところで、本法第二条は別表乙号の各規定と一体をなして罰則を形成し、第二条の犯罪の主体たり得るものは乙号に提げるものの役職員に限られているのであるから、公益事業令の失効により、同令に依る許可を受け電気事業を営んでいた者の役職員は、犯罪の構成要件的身分を失い、同令失効後本法第二条に該当する行為をしたとしても、本法によつて処罰することはできない。たとえ乙号二九が形式的に削除されなかつたとしても前記昭和二七年法律第三四一号の制定を見るまでは、同項は死文化していたものといわなければならないから、これを実質的に考察しても法律の変更により刑の廃止があつたものと解すべきである。従つて刑法第六条、刑事訴訟法第三三七条第二号の原則により免訴の言渡をすべきこととなるが、もとよりこの原則は、絶対に例外を許さないほどの原則というべきものではなく、本法が限時法的性格をもつものであれば、刑の廃止後においても、なお廃止前の行為を行為時法によつて処罰し得るものといわなければならない。(昭和二五年一〇月一一日最高裁大法廷判決集第四巻一〇号一九七二頁参照)

よつて本法の限時法的性格を検討することとする。本法は昭和一九年二月一〇日の制定にかかるものであるが、その後しばしば改正が行なわれている。当初の立法趣旨は、当時の決戦体制に即応して経済統制の円滑なる進行を期するため、経済統制運用の中核をなす官吏並びに運用の実際を担当する経済団体の役職員の涜職に関する処罰を整備統一し、刑を加重するとともに、経済の統制に関する重要な秘密等を防遏するため必要な処罰規定を設けることにあつたもので、第一条は国家総動員法第一八条第一項若くは第三項の規定により設立せられたる団体云々と規定され、第二条は国家総動員法その他経済の統制を目的とする法令により統制若しくは統制の為にする経営を為す会社云々と規定された。国家総動員法は、戦時に際し国防目的を達成するため、国の全力を最も有効に発揮せしめるよう人的物的資源を統制運用することを目的としたものであり、その他経済の統制を目的とする法令も同様の目的を有していたものであるから、戦争の終了とともに早晩廃止を免れない法令であつたといわなければならない。従つて本法中これらの法令に基いて経済の統制を行なう団体の役職員を処罰しようとする部分は早晩廃止を免れないことが予想されていたという意味において限時法的性格を有していたことを否定することはできないであろう。

しかしながら一面営団法、金庫法、特別の法令によつて設立された会社に関する法律はそれ自体当然に限時法的性格を具有するものではなく、恩給金庫、庶民金庫、日本銀行、特別の法令により設立された会社等のなかにはその根拠法規の内容を仔細に検討してみると何等限時法的性格を発見できないものがある。

戦争は終結し、自由経済を指向するに至り、経済統制の方式にも変化があつて、民間の団体において統制の権限を行使する場合がなくなつたものの、統制の補助業務を行う場合を生じて来たので、昭和二二年一二月二七日法律第二四二号により現行法のとおり第一条、第二条等の全面改正が行なわれた。この改正の結果第一条、第二条のうちから国家総動員法という文字は姿を消し、第二条中に新たに独占事業を営む者の役職員が追加され、法文自体から限時法的性格を窺わしめるものは、臨時物資需給調整法その他の経済の統制を目的とする法令により統制に関する業務を為す会社(以下統制会社と略称する)云々とある部分のみに止まることとなつた。

以上の考察によると、本法中には限時法的性格を有する部分とそうでない部分とがあり、当初は限時法的性格を有する部分が大きな比重を占めていたが、昭和二二年法律第二四二号による改正によつて、その部分が大きく後退していることを認めることができる。しかも統制会社として別表乙号に掲げられた二五乃至二八の団体の根拠法規はいずれも廃止されるか失効して、二五乃至二八は死文と化し去つているのであるから、限時法的部分の占める割合によつて全体の法的性格を論ずることが許されるとすれば、本法は限時法的性格を失うに至つたといつても過言ではないであろう。しかしながら法の限時法的性格を検討するに当つてかような比重によつて結論を急ぐことは正確性を欠ぐように思われる。

我々は刑法典に公務員に対する涜職罪の規定を持ち、純然たる私法人である株式会社の役員につき商法において涜職罪の規定を持つている。これらの規定が限時法的性格を持たないことは争のないところであろう。本法は本法第一条、第二条の団体が、商法において設立された純然たる私法人である株式会社よりさらに強い公共性、公益性を持つので、その度合いに応じてその役職員を或は公務員と見做し、或いは商法の涜職罪の場合よりも広くかつ重く処罰しようとするものであるから、元来犯罪とならないものについて、単に一時の必要のために設けられた罰則であるとは到底考えることができないのであつて、本来が恒久的性格を持つべきもののように思われる。よく考えてみると、本法の団体の役職員について涜職の罪の成立を認めようとする規定が、限時法的性格を持つ場合があるとすれば、それは涜職罪という犯罪の性質からくるのではなく、別表によつて指定された団体設立又は統制業務執行の根拠法規の性格に起因するものであることを知ることができる。根拠法規自体が限時法的性格を持つ場合は根拠法規の廃止を予測して同法のみならず本法の遵守を怠たり、裁判の遷延によつて不当に科刑を免がれんとする傾向を生ずる虞があるから本法の涜職罪もまた限時法的性格を帯びてくるものといわなければならない。若し、反対に根拠法規が恒久法としての内容を持つものであれば、根拠法規の廃止を予想して本法違反を犯す弊害は全く考えられないのであるから、本法の当該団体の役職員の涜職罪の規定はその本来的性格と相俟つて、恒久法的性格を持つものと解しなければならない。しかも別表各号の根拠法規は互に独立していて、一つの根拠法規が他の根拠法規の性格に影響を与えるものとは思われない。そうしてみると、本法全体につき統一して限時法的性格を論ずることは妥当でないといわざるを得ないのであつて、別表の各号につき個別的に根拠法規の内容を検討して限時法的性格の有無を論ずれば足りることとなる。さて別表乙号二九の根拠法規は公益事業令である。よつて公益事業令の法的性格を検討すると同令はポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基き制定され、占領法規としての形式外観を呈しているが、その内容は日本国民の公共の福祉を増進することを目的としたもので限時法的性格を内蔵するものではない。(昭和二九年一一月一〇日の最高裁大法廷判決、集、八巻、一一号一七九〇頁参照、同判決は電気事業法や公益事業令が限時法的性格を持たないことを前提としたものと解する。)また、乙号二九に関係する本法第二条本文すなわち電気事業その他性質上当然に独占となる事業を営む者の役職員を処罰しようとする部分は、前記のとおり昭和二二年一二月二七日法律第二四二号による改正によつて新たに追加されたものであり、立法の趣旨は独占事業であるため、事実上強力な権限を有する事業について、この種の役職員が、独占の優位を頼み、偏頗な行為をすれば非常な弊害を伴うので、これを防止しようということにあつた。電気事業、鉄道事業等は、その性質上小規模な企業として自由競争を行なわせるよりも、独占的行為を是認し、大規模の独占事業として経営することが、かえつて一般国民の利益となるところから、独占禁止法の適用を除外されているものである。従つてことの性質上、近い将来においてこれらの事業を独占事業として行なうことを禁止されるであろうとは到底考えられないものというべく、その役職員を商法の場合よりも広くかつ重く処罰する必要性もまた企業の独占性の容認される限り存続するものといわなければならないから、独占事業を営む者の役職員の涜職を処罰しようという本法第二条の規定が、早晩廃止を免れない一時的、臨時的性格を有するものであるとは到底考えることができない。以上の考察によつて本法第二条乙号二九は限時法的性格を持たないことが明らかとなつた。従つて刑法第六条、刑事訴訟法第三三七条第二号の原則により、被告人らに対し免訴の言渡をなすべきこととなる。

しかしながら、免訴の判決をすることが妥当か否か、なお多くの疑点があるのでその主なものについて、当裁判所の見解を明らかにする。

先ず第一に、公益事業令は失効したが、本法乙号二九は削除されていないのであるから、同令失効以前の本法第二条違反行為の可罰価値に対する価値判断に影響がなく、同令失効後においてもこれを処罰しうるのではないかという疑問がある。原判決はこの見解に従つて弁護人等の免訴の主張を排斥した。しかしながら、前説示のとおり公益事業令の失効により同令により許可を受けて電気事業を営んでいた者の役職員は犯罪の構成要件的身分を失い、同令失効後本法第二条に該当する行為をしたとしても処罰できないこと明らかであるから、同令の失効により乙号二九は死文化したものと解するほかなく、これを実質的に考察すれば削除されたと同様であると解さざるを得ない。何等実効性のない規定が形式上存続するという理由で、実質的に失効したものと認めざるを得なくなつた後において、実質的に失効する以前の行為の可罰性を肯認しようとする見解には到底賛成することができない。(昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決、集、一四巻、九号、一二一五頁参照、同判決は、静岡県条例第七四号第二条が、なお形式的に存続するにかかわらずすでに死文化したものとして同条違反を処罰する第六条の罰則も効力を失つたと解し免訴の云渡をしている。)

第二に公益事業令の失効により別表乙号二九は実質的に削除され、死文化したものと解しても、本法第二条本文そのものには何等変更がないから刑の廃止にあたらないのではないかという疑がある。ところで、刑事訴訟法第三三七条第二号にいう法令により刑が廃止されたときとは、罰条自体の全面的廃止のみならず、刑罰法規の改廃の結果、犯罪構成の法律上の要件に増減変更を来し、これが為めに従前は罪となつた行為が将来罪とならなくなつた場合をも包含するものと解すべきである。本法をみるに、別表は法律そのものの中に規定されており、本法第二条と別表乙号は不可分一体となつて犯罪の構成要件を形成している。従つて、別表乙号一乃至三一の改廃は、まさに構成要件そのものの変更をもたらすこととなり、乙号の実質的削除は本法第二条の犯罪の主体たりうる身分を喪失させ、従前は罪となつた行為が、将来罪とならなくなるのであるから刑の廃止にあたること明白であるといわなければならない。単に構成要件にあたる事実の面において法規の変更のあつた場合とも、また通貨偽造罪成立後当該種類の通貨だけが法令により強制通用力を失い、又は収賄罪成立後当該公務員の官職だけが法令により廃止されたりした場合とも明らかに異なるものがある。

第三に、本法第二九条に本法施行前為したる行為の処罰については仍従前の例に依る旨の規定をもつ外本法の別表のうちいずれかを明示的に削除した場合削除以前の違反行為に対し、罰則の適用について、なお従前の例による旨の規定を設けている場合が多い。(例えば昭和二四年五月二日法律第四九号、同年一二月七日法律第二四二号、昭和二五年一一月二四日政令第三四二号等)本法及び本法の改正規定がかような附則を持つていることは本法の限時法的性格を推認させる有力な根拠ではないかという疑問がある。

よつて検討を加えると、先ず本法第二九条は特別法に分散して設けられていた涜職罪の規定を本法に整理統合した際置かれたもので、特別法に規定されていた犯罪の構成要件は刑を加重して本法に引き継がれているのであるから、刑の廃止にあたる場合の規定ではなく、ただ行為時法に従つて処罰する旨を注意的に明らかにしたに止まるものと解せられる。次に別表各号の根拠法規が廃止又は失効した場合に、別表各号の改廃はどのような形で行なわれて来たかをつぶさに検討してみると、(イ)明示的に別表の各号の一を削除し、従前の例によつて処罰する旨の附則を置いた場合、(ロ)明示的に別表各号のどれかを削除しながら従前の例によつて処罰する旨の附則を置かない場合(昭和三二年五月二八日法律第一四二号)、(ハ)別表の各号を削除しないでそのまま放置してある場合(甲号一、三、四、五、八、乙号一乃至三、七、一二、一四、一五、一九、二五乃至二八等)の三つに別れていて、従来すべての場合に(イ)のような取扱がなされて来たものではないことを知ることができる。ことに(ロ)のような例のあることは注目に値する。従つて(イ)のような例があるからといつて直ちに本法の限時法的性格を推論することは困難なのではなかろうか。しかも前説示のとおり本法の限時法的性格の有無は別表の各号につき、根拠法規を検討して個別に論ずべきものとすれば、乙号二九以外のものについて改廃の際従前の例によつて処罰する旨の規定を置いた場合があつたからといつて、乙号二九関係の本法第二条が限時法的性格を有することを推論する根拠とはなり得ないであろう。

ただここに検討を要するのは、旧公益事業令により電気事業法を廃止した際、本法乙号二九に電気事業法による許可を受け、同法第一条第一号又は第二号に掲げる事業を営む者とあつたのを削除し、現在の如く改めた上旧公益事業令附則第二一項においてこの政令の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例によるとした点である。しかしながら、右の改正は電気事業を営む者に許可を与える根拠法規が変つたために行なわれたものに過ぎず、電気事業を営む者の役職員を処罰しようとする点において、何等変更もなかつたものであるから、刑の廃止にあたる場合ではないことに注意しなければならない。しかも電気事業法の内容を検討してみると限時法的性格を窺わせるものを発見することができない。それにもかかわらず、この附則のあることが限時法的性格を推論する根拠となるであろうか。さらに考察を進めると従前の例によつて処罰する旨の附則は、限時法的性格を有する法規の改廃に際して附せられることの多いことは、もとより承認しなければならないが、明らかに限時法的性格を持たない関税法、商法、麻薬取締法等の特別法においてもまた同様の附則を発見する。そうしてみるとこの附則があるからといつて、それを唯一の根拠としては法の限時法的性格を推論することはできないものといわなければならないのであつて、当該法規の立法趣旨内容の検討こそ先決問題であるといわなければならない。乙号二九関係の本法第二条の立法趣旨、内容の検討の結果は前説示のとおりであつて、限時法的性格を持つものではないことを明らかにした。そうしてみれば、前記附則のあることは限時法的性格を持たないと判断することに支障となるものではないと解する。

第四に、刑の廃止とは、既に発生成立した刑罰権が、犯罪後発布された法令により廃止(抛棄)された場合のみを指すのであつて、本件の如き場合は廃止にあたらないのではないかという疑がある。しかしながら、刑事訴訟法第三三七条第二号は刑の廃止と規定しており、刑罰権の抛棄とは規定していない。刑の廃止とあるのを抛棄と読み替えてまでも被告人を処罰しなければならない論拠について納得のいくものを発見することができないから、刑罰を規定した法令が失効した場合でも、刑の廃止にあたるものと解すべきである。(前記昭和二九年一一月一〇日最高裁大法廷判決参照)

第五に、本法第二条別表乙号二九の犯罪が、公益事業令の失効によつて処罰できなかつたのは、僅かに約二月の間に過ぎず、しかも乙号二九は電気・ガスに関する臨時措置に関する法律により再生し、犯罪の構成要件は前後全く同一であつて、公益事業令の失効引いては乙号二九の死文化は国民の法律的評価乃至法感情に変更があつたために生じたものではないから、同令失効前の本法第二条乙号二九の違反行為を同令失効後においても処罰し得るのではないかという疑問がある。原判決においてもこの点が考慮されているものと思われる。なるほど本件の場合国民の法律的評価乃至法感情に変更のなかつたことを認めうるが、このような理由で被告人の利益に設けられた刑法第六条、刑事訴訟法第三三七条第二号の適用を排除してよいものであろうか。公益事業令を失効させ、本法別表乙号二九を二月にしろ死文化をさせたのは立法者の失態である。その失態を被告人を処罰することによつて彌縫しようとするような解釈は到底採り得ないところである。(前記昭和二九年一一月一〇日の前記最高裁判決参照)

よつて原判決が、弁護人らの免訴の主張を排斥し実体審理に入つたのは、訴訟手続の法令の違反であり、その違反が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。弁護人らのその余の主張については判断を与えるまでもなく、刑事訴訟法第三九七条第四〇〇条但書により原判決を破棄し、被告人らを免訴すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 児島謙二 裁判官 畠山成伸 裁判官 松浦秀寿)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例